考える人づくり②

考える人づくり①の続き)

大:すこし、戦争の頃のことが分かってきたかな?
じゃあ、この点々、赤い糸で縫った玉止めなんだけど、何個あると思う?
 子:1,2,3,4,・・・
 子:縦に10個、横に・・・
大:ヒントは、これの名前は「千人ばり」っていうんだよ。
 子:1000個?! 
 子:そんなんたくさんないやろ。
大:1000個あるんよ。 
 子:作るの大変やったやろうね~
大:実は、1人で作ったんじゃないんだよ。(写真を見せる)

街頭で針を刺してもらう様子

1000人の人にお願いして、一針ずつ縫ってもらったんだよ。近所の人や街角に立って、通りかかった人に頼んでね。
1000人って言ったら、3つの学校(1学年30人2クラスとして計算)の友達みんなに頼まなくちゃいけないくらいの数。
 子:集めるの、大変だっただろうね。
 子:めっちゃ時間がかかったんやない?
 子:私だったら途中でいやになるかも…
大:そうだね。千人針を作ることだけしよったらいいんじゃないから、大変やったやろうね。あきらめそうになったかもしれんね。・・・でも、自分のお父さんが本当に戦争に行くってなったらどうかな?
 子:絶対に持って行ってもらいたい。
 子:でき上がらんかったら、お父さんが死んでしまいそうな気がする・・・(´;ω;`)
大:つまり、この「千人針」には、戦場に行く大切な人に対する「必ず無事に帰って来てね。」という強い願いが込められているんだね。「この布を身に着けておけば、弾に当たらない」と信じて、あきらめずに作られたものなんだね。・・・
大:実は、ここにある千人針は、500個しか玉止めがありません。同じもの2枚作ったらしいんです。もう1枚は、戦場でケガをした時に血で汚れてしまったから持ち帰らなかったそうです。


戦死した息子に持たせた千人針のちょっき

また、この写真は「千人針のベスト」(碓井平和祈念館蔵)です。
戦地に行く息子にお母さんが贈ったものだそうです。残念ながら、息子さんは戦地から帰って来ませんでした。お母さんは、戦争が終わって、歳をとってもずっと、このベストを大切にしていたそうです。
 子:大切な物だから、捨てられなくて、今も残っているんだね・・・。 
大:そんな気がします。
ーーーーーー今は、戦争に行かなくていい、平和な日本だね。自由に自分の考えを堂々と表現することもできるね。こうして、戦争の頃のことを勉強すると、平和であることや自由であることは、当たり前じゃないことに気付けます。
ところで、戦争で不自由な時代から、平和で自由な時代にどうして変えることができたのかな?・・・・・

ここを考えるのは、小学校の6年生以上レベルかな?15年も戦争が続き、酷くなっていった背景を学ぶことが大事だと思います。

  • 子どもの時から「御国のため」「天皇陛下のため」に自分の命をかけて戦うことが正しいこと。と、教えられた。(当時の教育
  • 国の考えに従うように、新しく法律が作られたり、法律が作り替えられたりして、仕組みも変えられた。(大きいものとして「国家総動員法」「治安維持法」がありますね。)
  • 「憲兵」という、国の考えに逆らう人を捕まえる仕事をする人が、国民を見張り、また、国民同士が見張り合うような仕組みになって、「戦争反対!」とか「兵士になりたくない!」などと言うと、「非国民」と言われて、捕まったり、暴力を受けたり、のけ者にされたりした。
    (※資料館に「はだしのゲン」の紙芝居(全5巻)があります。これを読んであげれば、当時の国内の様子がよく分かります。)

考えていたら長くなりました。でも、子ども達と話していたら、あっという間です。
こうやって学習を積み重ねていくと、「学んだこと」を「今や未来にに生かす」ように「考える人」になると考えます!

おまけの話

この千人針。「寅年」生まれの人は年の数だけ玉止めを作ることができたそうです。
「虎は一日で千里の道を行き、帰ってくる」という昔からの言い伝えで、「帰って来てほしい」という強い願いが、千人針に虎の絵を描いたり、虎の文字を書いたりさせたのですが、「寅年」の人を特別扱いしたのも、同様の考え方からです。
ーーーーー寅年の人がいることは有難いことなんですが、寅年の人自身はどうだったか?ーーーーー
資料館に展示している古い「主婦の友」に載っていました。
「〇〇さんとこと△△さんとこのご主人が出征するらしいよ。・・・しばらく留守にしないと大変なことになるよ。」(寅年夫婦の会話)
「無事に帰って来てほしい」という気持ちはあっても、誰か出征するたびに何十針も縫わなくちゃいけないのは大変ですよね。逃げたくなる気持ち、分からないでもありません。
美談では終わらない。人間の生きる営みはそんなものです(笑)。

しかしながら、この千人針も、戦況が悪化していくにつれ、見られなくなったそうです。空襲や食料不足など、自分たちの命を守るだけで精一杯になったのでしょう・・・

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