若松での戦争を記録する

昨日、北九州平和資料館によく来てくださっていたOさんのお通夜に行きました。

ご家族が、子どもの頃の写真を見せてくださいました。その中の一枚です。

Oさんの家族写真

ブレているのがOさんです。妹にちょっかいをかけているのをお父さんが止めようとした時にパチリッ!!といったところのようです。

Oさんは、昭和12年(1937年)生まれ。子どもの頃に空襲を体験されています。

子どもの頃は、やんちゃ坊主だったようです。85歳になっても、少年のころの面影の残った、やんちゃな感じのおじいちゃんでした(*^-^*) 

そんなOさんは話好きで、子どもの頃の話をたくさんしてくださいました。絵に描けるくらい様子が目に浮かぶそのお話を聴くのが、私は楽しみでした。

8・8八幡大空襲の日の話もしてくださいました。

いつものように小石の海に泳ぎに行ったら、「塩作り小屋」のおじさんが、「今日は、子どもは帰れ!!」と言うから、帰ったそうです。その帰りに、Oさんは、とても怖い思いをしたそうです。

最期の力を振り絞って、私の質問に「自分の力で」書いて、答えてくれました(6枚にも及びます)





家に帰りついた時、いつもは「ただいま~!」と言っても普通にしているお父さんが、
「よう帰って来たのぉ~!」
と、抱きしめてくれた
と、私に話してくださいました。

写真を見ながら、
「あぁ~。このお父さんだったんだ!」
と、Oさんの話とその光景が浮かびました。

本当は、Oさんにお願いしていたんです。
「資料館で、子ども達に子どもの頃の経験を話してください。」
と。

もう少し早ければ・・・。

悔やんでも悔やみ切れません。

忘れないように貼っていたメモ

今、リフォームのこととCFのことで一日が終わっています。
「これではいけない!」
と、動き始めました。

八幡大空襲の体験を記録する活動を始めた渡辺さんにお会いすることもでき、いろいろと教えていただきました。

本気で始めます!

若松の戦時中の体験を聴き、記録に残す「聞き書きボランティア」を募集しています。

また、
当時のことをご存知の方でお話してくださる方の情報があれば、教えていただきたいです。

今日、市民センターに行ってみようと思います。

Oさん、ありがとうございます。がんばります。

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