若松の空襲の証言

昨日は、大変うれしいことがありました。

「ずっと心に引っかかっていた方」のことをご存知という方と電話でお話することができたのです。

「ずっと心に引っかかっていた方」・・・

私が小学校の教員をしていたころ。「人権教育」の担当になり、地域の戦争戦時体験者を学校にお呼びして子ども達にお話をしていただく時間をつくっていました。グループごとに話していただいていたので、それだけの年長者の方がいらっしゃったということです。

記録を見ると、今から18年前のことです。

その時にお話してくださった、当時101歳だった坂口さんのことが心に引っかかっていたのでした。

命を懸けて子ども達にご自分の経験(藤ノ木での空襲)をお話してくださった坂口さん。『遺書』といっしょに、近所の子どもの命を奪った『焼夷弾』を寄贈してくださったのを覚えています。

当時の学校は、大変忙しく、次々と行事があり、ゆっくり振り返るようなことがないまま、「次」に進んでいく感じ。
まさに「心を亡くす」ことのないようにと、意識して過ごしていたつもりなのですが・・・

退職してゆっくりと振り返っていて、坂口さんの寄贈してくださった『焼夷弾』は今、どうなっているだろう・・・と。不覚にもすっかり忘れていたのでした。

現在、その学校に赴任している方に尋ねてみたところ、「わからない。」と返ってきました。
いつか伺って、探させてもらおう。と思いながら、今に至っていました。

若松の戦争の証言を集めようと準備をする中で、友人のつてでOさん(92歳)を知り合えました。

お住まいが藤ノ木に近いので、「もしや、坂口さんのことを・・・」と心の中で思いながら電話をしました。

「坂口さん、知っていますよ。107歳まで生きられましたよ。
 私は、102歳の時まで交流がありました。」

ゾワッとしました。

来週、Oさんとお会いしてお話を伺う約束をすることができました。

坂口さんの伝えたかった思い、平和資料室でしっかりと伝えていけるようにしたいと思います。

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