開館してまる三年
14日(日)に忠霊塔での慰霊祭を終え、もう10日近く経っていることに唖然としています。
慰霊祭のことをブログでお知らせしたい気持ちを横において、小学校での平和学習、戦跡ツアーのガイド(まだまだですが)、TICO講座、原稿書き、戦争の時代を生きた方の証言の聞き取り。
自分なりに一生懸命やっているのですが、悲しくなるくらい追い付かないです。
時々思います。「眠くならない薬でもあったらいいのに。」と(笑)。
まだまだしなければならないことが山積みです。
一つ一つやっていくしかないです!
昨日。6月23日は、沖縄慰霊の日。
TICO PLACE 開館3周年の記念すべき日です!(笑)
沖縄での追悼式典を見ながら、どうしても書きたくて、依頼原稿に向かう前に書くことにしました。
高市首相のあいさつには、たくさん言いたいことがあったのですが、その中の一点についてみなさんにも考えてほしいと思ったのです。
これからも、日本人の誰もが、平和で豊かに暮らせる世の中を実現するため、不断の努力を重ねていくことを、御霊にお誓い申し上げます。(高市首相のあいさつの一文)
「日本人の誰も」が平和で「豊かに暮らせる」世の中。
「日本人のすべての人が豊かに暮らす」と考えた時に、私の頭に浮かんできたことが、自衛官の姿でした。
ほんの2週間ほど前に、ニュースで、自衛隊の実弾訓練の様子が映し出されていました。https://youtu.be/4jceQesOyJg
小銃を持ち、銃撃戦の訓練をしたり、
砲弾の打ち方の練習をしたり、・・・
自衛官自身、「豊かに」暮らしていると感じていのるだろうか。
もちろん、どんな職業も普段、豊かさを感じながら働いている人はそんなにいないと思います。
教員だった私も、日々忙しくて、「豊か」かどうかは、改めて自分のしていることや具体的なできことを俯瞰的に見た時に初めて感じることでした。
では、自衛官の仕事を俯瞰的に見た時に同じように思えるでしょうか?
「救助に繋がる訓練」に関しては、「豊かさ」を感じるでしょう。
でも、「武力を用いた訓練」「戦いを想定した訓練」から「豊かさ」を感じるものでしょうか?
「私は国を守っている」「私は国民を守っている」「私は家族を守っている」・・・と考えれば、「豊かさ」を感じるのでしょうか?それが、命を奪い、破壊するという行為であっても???
昨年の秋に、一人の若い女性が資料室にやってきました。彼女は、「自衛官とお付き合いしています。」と、私に明かしてくれて、開館から閉館時間までの長い時間、資料室にいました。
私は、高市首相の「日本人のすべての人が豊かに暮らす」という言葉を聞いた時に、自衛官と一緒に彼女のことを想ったのでした。
「私は友達から、『有事の時は彼が助けてくれるから、安心だね。』って言われるんです。」
「ちがうんです。有事の時は、私は一人ぼっちなんです。」
衝撃でした。考えているようで、よく考えていなかった自分を反省しました。
同時に、千人針をつくった女性たちの姿が思い浮かび、
「昔と同じだ!」
と、思いました。
今も、自衛官の周りにいる親しい人たちは、「無理しないでね。」「がんばってね。」としか伝えられなくなっているのではないでしょうか。
「自衛官を辞めてほしい。」「転職してほしい。」「危険な任務に就かないで。」
というようなことは、言えないでいるのではないでしょうか。
あるいは、「戦争が起きることは考えない」「戦争で死ぬことは考えない」「国のために役になっているのだから仕方ない」という、最悪を考えないようにするとか、正当化するとか、とにかく、真正面から向き合わないようにしているのではないでしょうか。・・・
高市首相の、あたかもまっとうに聞こえる言葉に、
生きている一人ひとりのことを全く想像していない
ことを強く感じ、体が熱くなるくらいの憤りを感じました。
沖縄戦没者追悼式で代表の中学2年生が書き、伝えた「生きたいと願った証」という詩には、
曾おばあちゃんの
「戦争は二度としてはいけない」
という想いをこれから先も伝えていく
という決意が書かれていました。
その強い思いの中に、
「愛する人の命が奪われることに怯えてほしくないから」
とあります。
私たち主権者である国民は、今こそよく考えなくてはいけないと思います。
平和をつくるには、武力に頼ってはいけない
攻められた時に護るために武器を持つ。
攻められる前に攻撃する。
この発想からの転換こそが、
真の平和を
「すべての人が豊かに暮らす」ことを
実現できると、私は考えています。
自衛官が日々の訓練に豊かさを感じるには、訓練に使う道具を「命を奪うモノ」から「命を護るモノ」に変えればいい。



