いろいろな人の立場で考える
9月21日(日)。
以下の展示資料を持って、講演に行きました。

話を聴いてくださる相手は・・・

ヒントは、この⤴写真の中にあります。
この日、話を聴いてくださったのは、視覚障害者のみなさんでした。
そう。昨年一度、TICO PLACEにも来てくださった団体のみなさんです。
前半は、戦争に進む歴史と平和をつくる歴史を簡単に話しました。
後半は、戦時資料に触れていただきながら、その資料の説明をしました。
「どの玉止めも上手ね。」
「こっちの方が、数が少ないわね。」・・・
と、みなさん、口々に感じた事や思ったことを言いながら、熱心に学んでおられました。
(写真を撮るのを遠慮してしまい、後から後悔💦)

学習中、みなさんの様子を見ながら、私自身、いろいろと考えさせられました。
例えば前半、講話の際に私がいつも以上に気を遣ったのは、「目からの情報がない」ということ。
これまで私は必ず、「見せながら」話してきました。
説明文、写真、実物資料、ジェスチャー…。
でも今回は、私の「ことば」のみが情報となります。
だから、例えば「富国強兵」を「国を富ませ、兵を強くする」のように、どのような文字なのか分かるように、意味が分かるようにと、「言い換える」ことを意識して話しました。
でも全体を通して振り返ってみると、形や大きさなど、もっとイメージしやすい説明をすればよかったと反省しています。
また、交流する中で「説明の声を出す」「そっと触れて知らせる」ことができるようになっている自分にも気付くことができました。
私にとって、大変学びの多い一日となりました。
そしてさらに、頂いた会報誌を読んで考えさせられました。
原水禁世界大会に参加した視覚障害者の方のレポートの一文。
ひとつ気がかりなのは、聴覚障害者の方たちには手話が保障されているのに、視覚障害者の場合の移動の保障がないことでした。
現在、南西諸島で考えられている「有事の際の避難計画」のことが頭に浮かびました。
つくづく、社会の中で弱い立場にある者に多くの負担をかけるものが戦争だと思いました。
そもそも「国民に不安を与える政治は失格だ!」と私たち国民はもっと怒らなくてはならないと思います。
国民の「不安」をつくるような事態を避ける方法を、全力で考えることが政治がすべきことではないでしょうか。
つまり、「戦争になった時のことを考える」のではなく「戦争にならないように考える」ことに全力を尽くすことが、国を守ること、国民を守ることになると私は考えるのです。
さて。外食における視覚障害者の対応改善についての調査レポートもありました。
視覚障害といっても色々な見え方があるのでその人にあった対応をしてほしい。また、デジタル化が進む中でも店員を呼ぶためのボタン式の専用装置を残してほしい。
なるほど。デジタル化も「いろいろな人の立場」で考えることがとても大事なことだと思いました。
アナログの温かさ(人の温もり)は残してほしいです。個人的に(笑)。
でも、人手不足だから仕方ない!と、人間そっくりのロボットが対応するようになるのでしょうか…

私は、視覚障害のある方々が、改善を求めて行動していることを知りませんでした。
憲法25条が頭に浮かびました。
(1)すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
(2)国は、すべて の生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
学習中のみなさんの様子を思い浮かべました。
みなさん、感情を豊かに表に出していて、明るく、生き生きとされていました。
今回の企画の準備段階での打ち合わせなども、主体的に、でもこちらのことを考えて計画を進められていました。私はその姿に、手を差し伸べるべき所とそうすべきではない所があることに気付きました。
「自分らしく自分の道を自分の足で歩く」ことが人間の生きる喜び、幸せなのかもしれないなぁ。と、思いました。
どんな人も自分らしく生きられる世の中にするためには、多数派の人が少数派の人のことを「知る」ことが大事だと改めて思いました。
だから、ブログに載せることにしました。
そしてこれから、これまで以上に「いろいろな人の立場に立って考える」ことを平和をつくる力にしていきたいと強く思いました。


