知ることから

2月にある二つのイベントの紹介です。

大きな空襲を受けた後の戦後の八幡の町の様子を進駐軍(GHQ)が映像として記録に残しています。

その映像には、生きている人達の姿も描かれているようです。

壊滅した町でたくましく生きる人たちの姿を見ながら、今の平和の有難さを改めて考えます。

また、

二度とこんなことにならないようにするために、どうしていくべきなのかを考えさせられます。

もう一つは、沖縄の辺野古新基地建設の近況について知ることができる学習会です。

現地で暮らす中山さんのお話を直接聞くことができる貴重なチャンスです!

今、非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)の見直しの声が上がっていることをご存知と思います。

日本原水爆被害者団体協議会の方々が、自らの苦しみ、悲しみ、悔しさ、恐怖、・・・様々な感情と闘いながら、「後世に自分たちのような経験をする人がいないように。」とただただその一心で、命を懸けてご自分の体験を語ってきた、その活動が評価されて、一昨年ノーベル平和賞を受賞しました。
そんな日本で、国是とされてきた「非核三原則」の中の「持ち込ませず」を変えようという声が上がっていることに、私は、愕然としています。

世界で唯一の戦争被爆国だからこそ、核廃絶を訴えなければならないのではないでしょうか。
もっと言えば、原爆投下を生んだ戦争を始めた日本だからこそ、戦争をしない(武力で問題を解決することを考えない)国でなければならないと、私は強く思うのです。
そうすることが、他国からの信頼を得ることになるだろうし、何よりも胸を張って生きることができると私は思うのです。

戦後の占領期に、沖縄に1300の核があった時期があるそうです。
1969年。佐藤栄作総理とリチャード・ニクソン大統領が交わした密約が公開されました。 

米国政府は、沖縄に現存する核兵器貯蔵地である、嘉手納、那覇、辺野古、並びにナイキ・ハーキュリーズ基地を、何時でも使用できる状態に維持しておき、極めて重大な緊急事態が生じた時には活用できるよう求める。— リチャード・ニクソン米合衆国大統領ー

国民一人一人の命を大切にしなかった、あの戦争と同じことがまた繰り返されようとしているのではないかと、私は心配でなりません。

多くの人に、戦争によって人々がどのようになったのかを知って、考えてほしい。
今現在、どのようなことが行われているのかを知って、考えてほしい。

一人ひとりの命を大切にする国を国民の力で築くために。

どうぞ、2つのイベントに足をお運びください。

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