下関要塞~戦跡めぐり~
久しぶりのブログです。
冬の間に、昨年同様、北九州市に残る戦争遺跡を訪ねました。(といっても、藪の中を探して回る感じ!)
今年は地元若松だけでなく、小倉の高倉堡塁、藍島・貝島にも行きました。
初めて訪れる場所で、ワクワク❤
歴史に詳しい参加者の皆さんの声に、耳をそばだてながら、そして、早春の小鳥のさえずりを楽しみながらの戦跡めぐりとなりました。


北九州は、戦いが艦船で行われていた明治時代から軍事拠点として、大変重要な役割を果たしていました。

こうして地図で見ると、関門海峡が海路交通の要衝であり、下関から北九州一帯が国を守るために重要な役割をしていたことが分かります。
「下関要塞」と呼ばれ、機密保護のため、自由に写真を撮ったり、絵を描いたりすることはできなかったそうです。
そういう場所であることを示す「石標」が今でもいくつか残っています。「下関要塞地帯標」と刻まれています。


(抜かれて転がっています)


というわけで、北九州市には戦後80年経つ今もなお、戦争遺跡と言われる人工物が残っています。
しかしどこに行っても、月日を経て朽ちかけている物、自然に飲み込まそうになっている物、と、見つけるだけでも大変なものが多かったです。

藪の中にこんな石垣や水槽を見つけると、その時代に生きた兵士たちのことや陣地の構築のために働いた人たちのことを想像してしまいます。
家族と離れ、こんな山の中で、「戦争」のために生きていたことを想像すると、切なくなります。バカらしくなります。現在の、自由と人権が保障されている世の中がどんなにか有難いものか、改めて考えます。
北九州市ではありませんが、下関の火の山には、ちゃんとした説明板が立っています。
大変分かりやすい!!


実際に中に入ってみると、必ずそこに居た人、働いた人を感じることができます。過去の戦争をこれからの平和に生かすために、とても大切な経験になると思います。
でも・・・

北九州市では、まったく整備されず、怖~い場所になってしまっています。
過去の歴史を教訓にして、現在や未来へ生かしていこうという行政側の姿勢が不足していることに、毎度悲しくなります。
「多くの人に知ってもらって、戦争の歴史を『残す』『学ぶ』『生かす』意識を高めたい。」
そう思います。
「これだけの堅牢な建造物に大切な税金をつぎ込むよりも、国民一人ひとりが自分らしく幸せを感じながら生きられる世の中、お互いに認め合い、協力し合える世の中を作るために、あるいは他の国と仲良くできるように、大切な税金を使った方が、絶対良いにきまってる!」
戦跡めぐり。
いつか、TICO PLACE主催でやれるようになりたいです。
そして、保存するように行政に働きかけることができるようになりたいです。





