教育とは③

(ブログ「教育とは②」のつづき)

「戦争に協力しなければ」という価値観の大人は、戦争を肯定する話をし、戦争を肯定する物を子どもに与え、戦争を肯定する考えや行動をした子どもを誉めました。こうして、生まれて何も知らない子ども達が、戦争を肯定し、戦争に協力する人間に育っていったことを宏規少年の日記ははっきりと教えてくれます。


この宏規少年の日記との出会いは、正しい知識と子どもの未来を見据えた評価の大切さを、改めて考えさせてくれました。

「今度はぼくが敵をばくげきしなければならない。そして、にくい敵のばくげききを海の中へうち落としてやろうと思う。」と、平和な今見ると、ゾッとすることを綴る宏規少年でしたが、こんな日記も残しています。

子どもの素直な心

素敵だと思いませんか?私は、この日記が大好きです。

科学に興味を持ち、科学を「よい」と思い、そして、眠っている「顔にはひ(ハエ)が止ったら、手で顔をなでて居た」みち子ちゃんのことを「かあいらし(可愛らし)」と思い、そっと(ハエが来ないように)「あみをかぶせてやった」宏規少年。

昔も今も子ども達は何も変わらない。知識欲旺盛で、純粋!

人に愛されて育った子どもは、自分がされたと同じように、人を愛する。ーーーきっと、宏規少年も、大切に育てられてきたのだと思います。

そして、その心地よさを知っている子どもは、だれかが悲しい思いをしていることを想像できた時、自分のことのように心を痛め、悲しませる原因となっているものを排除しようとする。

それが私の信じるところです。

だから、想像を助ける知識に触れさせなければならないと思うのです。


教育の目的は、世界の平和を求める人間を育てること。

日本国憲法に謳われている「自由」「個人の尊厳」を大切にしたい立場から、どのようにして世界の平和を目指すのかを「決める」のは自由であるべきだと思います。いろいろな視点で正しい知識を得た上で、考えてほしいと願ってやみません。

願わくば「非暴力」を・・・

いやいや。大人の姿を見て、子どもは育つ。・・・「あんな大人になりたい。」と思ってもらえるような自分になることが先決だな。
私が目指す大人像は、「嘘をつかない」「間違ったときは謝る」です(笑)。

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